【第3回】専門医も、料理も手放した。東大理三卒・2児の母が語るフリーランス医師のリアル

医局を辞めて、ナズナさんの生活はどう変わったのか。第3回は、日々の暮らしについて伺っていきます。

専門医を「維持しない」選択。そして家庭では、産後の夫婦仲と「父親発動」。綺麗事のない話が続きますが、だからこそ、これから働き方を選ぶ人の役に立つ回だと思います。

ナズナさん

フリーランス医師/Kindle作家/翻訳家/マーダーミステリー作家

東京大学理科三類(医学部)を卒業後、医師として臨床の現場や研究に従事。2024年に医局を離れ、現在はフリーランス医師として働きながら、マーダーミステリー(マダミス)作家としても活動している。

2023年、初の著書「勇気を出して推しのKindle作家に会いに行ったら人生変わった」をkindle出版し、作家デビュー。2024年には初のマダミス作品「医者か死神か」を発表した。現役医師ならではの知見や視点を物語に取り入れ、ノベライズ版「四者の告白」やスピンオフ短編も執筆。文学フリマ東京への出展など、創作活動の幅を広げている。最新作はマダミス「死者は記憶で蘇る」(寺澤伸洋氏との合作)。


辞める勇気はどこから来たのか

――キャリアチェンジをするときの勇気は、もともとご自身が持っていたものですか?

内部因子と外部因子の両方が関わっていると思います。

不妊治療中から「もし子どもができたらキャリアをどうするか」についてずっと考えてきました。

もっと遡ると、夫と結婚する時。夫とは大学1年から付き合いはじめ、医学部卒業後にそのまま結婚したわけですが、一貫して「いつか地元(近畿地方)に帰りたい」と言っていました。

ですので、漠然とですが「東京でキャリアを積んでも、いつか引っ越してキャリアがリセットされるのかな」という覚悟がありました。

このように、キャリアチェンジについては「育児や夫都合によるやむを得ない撤退」という後ろ向きなイメージを持って考えてきたベースがもともと自分の中にありました。

そこに、翻訳家の夢を思い出し、執筆の面白さに出会い、「やりたいことが見つかった!」ことがポジティブな原動力となり、前に進めたのです。

妊活に良いというジンクスがあるワタリガニのパスタ

フリーランス医師という生き方

――キャリアに悩んでいる医師から相談されたら、なんて助言しますか?

育児とバリキャリの両立などについてはアドバイスできませんが、「こういう生き方もあるよ」と、今の私のフリーランス医生活について話すことはできます。

普通にキャリアを積んでいると、周りもキャリアのレールに乗っている医者ばかりで、フリーランスがどんな感じなのか知る機会がありません。

私自身、大学院に進学して擬似フリーランス生活を体験してはじめて「フリーランスってこんな感じか! 全然食べていけるし時間の余裕もできるしいいじゃん!」と分かりました。

やってみないと分からない部分もあるでしょうが、そもそも知らないと選択肢に入らないので、いろんな選択肢があることを知って欲しいですね。

――フリーランスの医師は、くくりとしては個人事業主になるんですか?

個人事業主になる人もいるかもしれませんが、私の場合は医者としては個人事業主でも法人でもなく、ただの1人の医者として複数のクリニックで非常勤勤務の契約を結んでいます。

個人事業主として申請しているのは作家や翻訳家といった執筆系だけです。

医局を辞めるということ

――医局にいて悩んでいる方には、どんな言葉をかけますか?

「医局から離れてもなんとかなる」と伝えたいですね。

医局にいると、周りにいる子持ちの女性医師は「育児しながらもキャリアにしがみついて生き残ってきたツワモノ」ぞろい。キャリアを手放した人は医局にいないので当然です(いわゆる生存者バイアス)。

そんな環境では、育児等なんらかの理由で医局のキャリアのレールから降りることを「敗北」とみなすような風潮がありました。私自身も、かつてはそんなネガティブなイメージを持っていました。

キャリアのレールから降りた結果

でも、いざ自分がレールから降りてみると「敗北」なんかではなく、当の本人はいたって幸せであることが分かりました。

働く場所や時間を選べる自由。家族との時間や自分のやりたいことも大切にできる、人間らしい生活。

周りにどう思われようと気にする必要はありません。

また、医局に所属するメリットのひとつに専門医の取りやすさがあります。裏を返せば、医局を辞めるか悩む方は専門医を取り終えた方が多いと思います。

息子と旅行

専門医を「維持しない」選択

専門医を取ると、今度は専門医維持が課題になります。

眼科の場合、専門医は5年ごとに更新がありますが、フリーランスだと更新の条件クリアが難しい。もしかしたら、一番ネックになる部分かもしれません。

せっかく4年間もの後期研修を経て手にした専門医。手放すのが惜しい気持ちも分かります。

私も専門医取得のために育休を取らず、生後2ヶ月の息子との時間を犠牲にまでしました。でも、それが大きな後悔となっていたため、「だから専門医を手放すのが惜しい」ではなく、「もう二度と目先のものにとらわれて大事なものを失ってはいけない」と考えるように。

フリーランス3年目になりますが、専門医維持への執着を手放して今の生活を選んで良かったと心から思います。

何に重きをおくかは人それぞれですが、専門医維持にとらわれてがんじがらめになっているんだったら、そういうものを手放す選択もあるんじゃない? とは言いたいですね。

妊娠中に参加した寺澤さんの交流会

専門医はなくても困らない?メリット&デメリット

――専門医に更新があること自体ご著書で初めて知りました!手放してもデメリットはありませんでしたか?

「持っている」ことよりも「取得した」ことが大事と言われています。

家業を継ぐから専門医は取っても維持できないと言っていた先輩も、最終的には「一応取るだけ取っておく」と言って専門医試験を受けていました。

専門医は一応持っていれば箔がつきます。クリニックを経営するなら信頼できる証として持っておくべきだと思いますが、1人の医師として勤める分には専門医の有無はあまり関係ありません。普段の働きぶりの方が大事です。

それに、一度取得すれば5年間は専門医と名乗ることができます。更新の条件を満たしていなくても、5年後にまた専門医試験を受験して合格すれば専門医になれます。

万が一また専門医が欲しくなったら受験すればいいや、と思うと少し気が楽になりますね。多分、再取得はしないと思いますが。

苦手なことは、人に任せる

――他に「これは手放した」というものはありますか?

毎日のご飯作りです。

息子が生まれる前は夫と交代で週末の作り置きをしていました。夫は手際よく同時に何品も作れる上に味もいいのですが、私は手際は悪いわ味も微妙だわ……。

出産を機に、作り置きは完全に夫の担当になりました。

夫は「自分で作れば自分好みの味付けにできるし、全然いいよ」と言って、今でも淡々と作り置きをしてくれます。私は気が向いたらホットクックやオーブンで作りたい料理にチャレンジする程度。

日々の料理を手放したことを引け目に感じていた時期もありますが、ご飯作りは母親がやらないといけないなんて法律もないし、今はこれでいいと割り切っています。いい夫を持って幸せです(笑)

料理は苦手だけど、不思議とお菓子作り・パン作りは得意なので、たまに息子と一緒にパウンドケーキやクッキー、ピザを焼いたりしています。

苦手なものは人に任せる。それぞれが得意なことをすればいいのです。

趣味のお菓子作り

産後の夫婦と「父親発動」

――お子さんが生まれる前後で、変わったことはありましたか?

夫婦仲が悪くなりましたね。

すみません、いきなり夢がないことを言っちゃって(笑)

私はもともと夫が大好きで、妊娠して大きなお腹で密着しづらくなっても、夫が引くほどの愛情表現を示すのが日課でした(笑)

出産当日も、痛がる私の腰をさすったり水を飲ませたりと甲斐甲斐しく世話をしてくれた夫にとても感謝しましたし、生まれたての息子を抱っこして心から喜ぶ姿を見て「この人となら、この先何があってもやっていける」なんて思ったりもしました。

産後のガルガル期

ところが、息子とともに退院して親子3人の生活が始まった途端、夫のダメなところが目について仕方ない! 私の目からすると夫は「父親の自覚が芽生えるのが遅すぎ」「いいとこ取りばかりしてズルい」。

産後のホルモン変化によるガルガル期もあったのだと思いますが、とにかく嫌いで嫌いで離婚が頭をよぎるくらいでした。

ちなみに、夫の中では最初からちゃんと父親として育児に参加していたことになっているようです。お互い、自分に都合のいいことしか覚えていないのでしょう(笑)

――旦那さんに「父親の自覚が芽生えたな」と感じたタイミングはいつでしたか?

大学院進学の1ヶ月前、私が前の職場に復帰したタイミングです。

まだ保育園に入園していなかったので、私が仕事に行っている間は夫か実母に家で息子を見てもらいました。そこで息子との接触が強制的に増えたことでようやく「父親、発動」という感じです。

やっぱり、実際に子どもに触れる時間の絶対量や密度が経験値になるんでしょうね。

東大医師夫婦が子どもに身につけさせたい学歴よりも大事なこと

――子育ての方針はありますか?

好きなことをやらせてあげたいです。

親が2人とも東大出身の医者だと、「東大に入れるの?」「医者にさせるの?」とよく聞かれます。でも、私も夫もそんなことはまったく考えていません。

ただ、周りを見ていても親が医者だと子どもも同じ医者の道に進みやすいので、自然とそうなるかもとは思っています。

あとは、自分で稼ぎ、生きていく力をつけてほしいです。学歴なんかよりよっぽど大事だと思います。

私自身は漫然と机上の勉強だけしてきた子ども時代も、医者になる選択も後悔していません。

でも、もっとお金のことや社会のことを勉強しておけば良かったな、という思いがあります。その辺りのリテラシーの大切さも伝えていきたいですね。

今後のキャリアと見通し

――これから先のことは、どれくらい考えていますか?

医者のキャリアに関しては、今の働き方に満足しています。これからも勉強会や学会などで知識をアップデートしながらフリーランスを続けていくつもりです。

あまり先のことは考えていませんが、息子が2年後に小学生になります。小1の壁という言葉もありますが、そのタイミングで今より外勤(外来バイト)を減らして、家にいる時間を増やす方向にシフトしようかな、と考えています。

編集後記

今回の取材を通して、ナズナさんの様々なことに対する探究心や、自分の気持ちに正直に仕事と向き合われている姿勢が印象的でした。

医局を離れる決断や、そこから作家の道に進むタイミングでは、大きな勇気が必要だと想像していました。しかしお話を聞く中で、「やってみよう」という素直な気持ちや好奇心が、次のキャリアへの背中を押していたのだと感じました。

自分の中の思い込みや常識で生き方を決めるのではなく、興味を持ったら挑戦する。その大切さを、今後の生活に活かしていこうと思いました。

(探究ゼミ:若林)

投稿者プロフィール

探究ゼミ編集部
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