【第4回】「NTTが無名」だったシリコンバレー投資担当の奮闘記:34歳でドコモを辞めインド内定も手放して起業したインバウンド事業

第3回では、シリコンバレーの駐在員になるまでをたどりました。第4回は、その現地でのお仕事について伺います。

「次のGoogle」を探す華やかな世界。ところが、そこで待っていたのは、日本の大企業の看板が通用しない現実でした。

そして、うまくいっていたはずの駐在生活の途中で、とっしーさんは安定を手放す決断をします。その背景に迫ります。

長江 利行(ながえ・としゆき)

訪日外国人に日本の魅力を伝えるインバウンド事業家。慶應義塾大学理工学部を経て、東京工業大学大学院社会理工学研究科を修了。NTTドコモでITエンジニアとして働いたのち、米国シリコンバレーに駐在し、スタートアップ投資や事業提携の創出に携わる。

世界85カ国をめぐり、2,000人以上の外国人と対話するなかで日本を客観的に見つめ直し、2023年に独立。YouTube(英語:「Toshi Guide from Japan」、韓国語:「토시 가이드」)やツアーガイドサービスを通じて、外国人の日本旅行を支えている。趣味は旅、テニス、韓国文化。

「次のGoogle」にお金を入れる仕事

――シリコンバレーでは、どんな仕事をしていたのですか?

投資の仕事です。といっても、トヨタの株を買うような話ではないです。スタートアップ、日本でいうベンチャー企業にお金を入れる仕事です。

ベンチャーの株は、基本的に未公開株といって、私たち個人では買えません。大手の組織や、一部のお金を持っている人しか買えない、そんな株を購入する立場でした。

なぜやるかというと、理由が2つありました。一つは、単純にお金を増やすためです。投資ですから、当然ですね。もう一つが、そのスタートアップの技術を狙ってです。

投資はただお金を出すだけじゃない

私がいたシリコンバレーは、「次のGoogle」「次のAmazon」「次のApple」がボコボコ出てくるような街です。

そこにお金を入れることで、「NTTの技術と組み合わせて、一緒に何か作りましょう」とか、「そのサービスを、NTTの看板を使って日本市場で広げていきませんか?」とか、そういう提案を飲んでもらう。

ただ成長しそうだから投資するのではなく、NTTのビジネスと組んだときに、1足す1が2以上になる。そう見込めるところに投資する、という仕事でした。

投資先の見極め方

――玉石混交の投資先のなかで、伸びる会社をどう見極めるんですか。

鋭い質問ですね。スタートアップ投資って、10回打席に立って、1回当たればいい、くらいの打率なんです。野球で言えば全然ダメなレベルです。

でも、9回三振しても、1回ホームランを打てれば全部回収できる、そういうハイリスク・ハイリターンの世界です。

見極めるときに見ていたのは、まず口コミと、すでにその会社に入っている投資家の質です。

向こうから「お金を入れてください」と寄ってくるところには、基本的に投資しません。自分から投資コミュニティに入り込んで、信頼できる人に紹介してもらった会社で、かつ、いい投資家がすでに入っているかどうか、そういうところを見ていました。

学生時代の勉強が活きた瞬間

あとは、経営陣と数字です。前者はCEOやCTOの経歴や過去に起業して、上場や買収まできちんとゴールさせた実績があるかなどです。

後者は、企業からもらった財務諸表の数値データです。資産や負債などを見て、会社の健全性を分析していました。

ここで、学生時代に経営工学を学んだ経験が、思いがけず活きました。

NTTが「審査される側」だった

――日本を代表する企業であれば、投資する側として強いのでは、と思ってしまいますが。

それが、逆なんです。私、アメリカに行って一番驚いたのが、NTTの知名度のなさでした。日本ならほとんどの人が知っていますよね。でも、アメリカで有名なのはソフトバンクなんです。

ソフトバンクは、Tモバイルやベライゾンといったアメリカの通信会社を買収して目立っています。しかし、日本のNTTは、まったく無名でした。

逆に、アメリカや韓国の通信会社の名前を言えますか?たぶん「うっ」となりますよね。

通信は国内に強い

通信、モバイル事業って、実は国内に強い産業なんです。だから、アメリカのスタートアップからすると、「NTTって何?」と。「ソフトバンクは聞いたことあるけど...?」という目で見られるんです。

人気のスタートアップには、「投資させてください」という投資家が列をなしています。だから、起業家側がお金を入れてもらう必要はない、という立場なんです。

むしろ、「お金を出す以外に、あなたは何を提供できるの?」と、投資する側が審査されるんです。就活でいう、売り手市場と買い手市場のようなものです。この感覚は、日本にいた時には想像もできませんでした。

35歳転職限界説と、34歳の独立

――順調に見えた駐在生活ですが、どうして辞めることになったのでしょう。

理由は二つあります。一つが、「35歳転職限界説」でした。

当時、「35歳までに一度転職しておかないと、その先はずっと同じ会社から抜けられなくなる」と、まことしやかに言われていたんです。今は全然違うと思いますが、当時はそれが頭にあって、35歳までに一度転職しておこうと思っていました。そして、実際に辞めたのが34歳です。ぎりぎり、その節目の手前でした。

もう一つが、世界をもっと旅したい、という思いです。2023年の6月末に辞めたのですが、ちょうどコロナで閉じていた国境が、また開き始めた頃でした。「これはもう、今しかない」と思ったんです。

ドコモからインドへ

――次の当てはあったのですか?

実は、転職先の内定は持っていたんです。ドコモで働きながら、次はインドで働こうと決めていました。

なぜインドかというと、完全に他人軸の発想で恥ずかしいのですが、アメリカという最先端、日本、そして発展途上国のインド、この三つのエリアを経験すれば、転職市場での価値が上がるだろうと思ったからです。

「次に働くなら発展途上国。伸びるマーケットはインドかアフリカだ」と考えて転職活動をして、某社のインド拠点に内定をもらっていました。

ただ、すぐには行きませんでした。転職って、給料だけでなく、入社時期も交渉できるんです。そこで半年の猶予をもらって、「その間に世界を回ろう」と考えました。入社は2023年12月の予定でした。

世界の2,000人と話して思ったこと

――ところが、その間に状況が変わった、と。

そうなんです。世界を回っているうちに、「自分でやってみたいな」と思えることが見つかったんです。

それで、「別に、インドに今行く必要はないな」と思ったんです。用意されたレールに乗るより、やりたいことをやってみるのもいいんじゃないか、と。そう考えて、インド行きをやめました。

日本に興味を持っている人は多い

――その「やりたいこと」が、今のインバウンドの仕事ですか。

そうです。日本の魅力を、海外の人に発信する仕事です。駐在中も、旅の途中も、本当にいろんな外国人に会いました。トータルで2000人くらいと話したと思います。

話すと、必ず「お前はどこの国だ」となります。「日本だよ」「ジャパンって、こんな面白いことがあってさ」と語ると、これが不思議と自分でも面白かったんです。しかも、みんな日本にすごく興味を持っているんです。それに気づいて、「これを、日本に戻ってから仕事にできないかな」と思ったんです。

会社を辞めても、収入がゼロになるとは思っていませんでした。「何かの扉を閉じたら、何かの扉が新たに開くだろう」と、今思うとかなり楽観的ですよね笑。でも、その楽観的な考えがあったから、今に繋がっています。

次回▶︎

最終回:なぜ、大企業を離れた人が、また一から走り出したのか。連載の頭に掲げた問いに、いよいよ答えが出ます。インバウンド事業の設計図と、とっしーさんが語る「他人軸と自分軸」のキャリア論。

編集後記

学生時代の学びから、日本と海外での仕事経験、そして現在のインバウンド事業まで、貴重なお話を伺うことができました。

特に印象に残ったのは、海外での転職先がすでに決まっていたなかで、今のインバウンド事業を始めるという決断をされたお話です。一度決めた道にとらわれず、新しいことを始める行動力。それは、海外でさまざまな経験を積みながら、どんな状況に置かれても自分の気持ちと向き合う姿勢を、大事にされてきたからこそなのだと感じました。

「面白そう」「やってみたい」という直感を大切にしつつ、同時に自分自身を客観視することも忘れない。その視点を学ぶことができました。

(探究ゼミ:若林)

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