【第5回】「他人軸を捨てた時仕事が面白くなった」大手・海外駐在を経たインバウンド事業家が語る、毎日が文化祭のような自分軸キャリア論
大企業のエンジニア、シリコンバレー駐在員の投資家、そして旅する日本の案内人。なぜ、次々と居場所を変えながら、この働き方に辿り着いたのか。第1回に掲げた問いに、いよいよ答えが出ます。
最終回は、インバウンドの事業ビジネスモデルから始まり、日本で数少ない成長産業をめぐる話、そして「他人軸と自分軸」というキャリアの考え方まで多岐に渡ります。
学生の皆さんへのメッセージも含めて、たっぷり伺いました。

長江 利行(ながえ・としゆき)
訪日外国人に日本の魅力を伝えるインバウンド事業家。慶應義塾大学理工学部を経て、東京工業大学大学院社会理工学研究科を修了。NTTドコモでITエンジニアとして働いたのち、米国シリコンバレーに駐在し、スタートアップ投資や事業提携の創出に携わる。
世界85カ国をめぐり、2,000人以上の外国人と対話するなかで日本を客観的に見つめ直し、2023年に独立。YouTube(英語:「Toshi Guide from Japan」、韓国語:「토시 가이드」)やツアーガイドサービスを通じて、外国人の日本旅行を支えている。趣味は旅、テニス、韓国文化。
インバウンド事業で一番力を入れたのはYouTube
――事業を始めるにあたって、力を入れて考えたことは何ですか。
ビジネスモデルです。「どこでお金を稼ぐのか」をまずはしっかり考えました。
YouTubeと聞くと、皆さん、広告収入で稼ぐ人をイメージすると思います。でも、それで生活できるのは、ヒカキンさんやヒカルさんのような、トップYouTuberだけなんです。
基本的にYouTubeは、お小遣い程度の広告収入は入っても、それだけで食べていくのは厳しいです。だから、自分のビジネスを別に持っていて、そこにお客さんを連れていきます。
YouTubeは無料の広告ツール
私にとってのYouTubeは、いわば無料で広告を出せるツールです。動画によっては数十万再生、1つの動画では100万再生を超えたこともあります。
その集客力は本当にすごいです!ここは伸ばしていかないといけないと考えています。
そのうえで、お金をいただくのは、来日されてからの体験サービスが中心です。ツアーガイド、ラーメン作り、日本酒や抹茶飲み比べなどの体験サービス、そこで収益を上げています。そのため、YouTubeでガッツリ稼がなくてもいい、という設計にしています。
一方で、ガイドや体験サービスは、自分がやっても面白いのですが、自分でなくても素晴らしい方達がたくさんいます。だから、そこは業務委託で他の方にもお願いしております。
どこでお金を稼ぐかを決めて、すべての部分を一人で抱えず、他の人にお願いして回してもらう、そういう形にしています。

旅マエ・旅ナカ・旅アト
――以前のインタビューで、旅マエ・旅ナカ・旅アトというお話をされていました。収益の中心はどこですか。
一番お金を稼いでいるのは、旅ナカです。
旅マエは、訪日外国人が日本に来る前の段階です。YouTubeやInstagramを見て、「日本旅行のことを知る。そして、インスタ映えする京都の伏見稲荷で写真を撮りたい、富士山に登りたい、日本酒を飲み比べたい。」と、そういう願望が生まれる段階ですね。
旅ナカは、実際に日本に来た段階です。浅草の浅草寺に行く、渋谷のスクランブル交差点を歩くなど、ガイドや体験サービスは、ここに当たります。
旅アトは、母国に帰ってからの話です。日本を好きになってもらって、「日本食を買いたい、日本酒を買いたい、アニメのグッズが欲しい」と思ってもらい、母国から日本のものを買う、通販のような領域です。
収益で言えば、8割が旅ナカです。ですが、一番大事なのは旅マエだと思っています。旅マエの集客がないと、旅ナカにはつながらないからです。
【旅マエ・旅ナカ・旅アトとは】
訪日外国人の消費行動を3つの時間軸に分ける考え方。インバウンド業界では、それぞれの段階でどう接点を持つかが事業設計の鍵とされる。

ガイドで一番難しいのは子どものご機嫌
――実際にやってみて、大変だったのはどんなところですか。
ガイドをしていて、ゲストの方が満足してくれていないと感じるときですね。よくあるのが、家族連れで、お子さんがぐずってしまうパターンです。
「疲れた」「ホテルに帰りたい」と、子どもは正直ですね。笑 そういうときは、「もう少しゆっくり休めるプランのほうが良かったかな」「子どもが好きな秋葉原に寄ってあげたほうが良かったかな」と考えます。神社やお寺は、8歳の子どもからしたら退屈ですよね。
家族のなかでも、興味関心はそれぞれ違いますよね。もちろん依頼者様のご両親の満足を第一に考えますが、子どもまでしっかり配慮できると、さらに満足度は上がると思います。
一人のスピードか、チームのスケールか
――最初はお一人で始められました。どういう観点から、人を巻き込むようになったのですか。
スピードと、スケールですね。この二つは、相反する関係にあると思っています。もちろん、一人でやったほうがスピードは速い。でも、一人しかいないので、スケールしないんです。
たとえば、ラーメン作りや抹茶飲み比べ体験をやるとします。自分はラーメンを作ったことがないのに、ラーメンの体験サービスを設計できるのか、茶道をやったことがないのに、抹茶体験を提供できるのかと考えた時、やはりそこには限界があります。
でも、世の中には、ちゃんとプロがいるんです。そういう方と組んだほうが、いいものになると思うんです。人を巻き込むと責任も増えて大変なことも多いのですが、チームで動くのはやっぱり面白いですね。

日本で数少ない年15%増の成長産業
――今後について、3〜5年ほど先をどう見据えていますか。
これ、よく聞かれるんですが、実はあまり考えていないんです。もちろんインバウンド業界にはいたいと思っていますが、飽きたら別のことをやっているかもしれません。
というのも、3年前、ちょうどドコモを辞めた頃に、「今、中央アジアのタジキスタンにいながら(*編集注:取材時は閑散期で旅行中でした)、インバウンド事業のマネージャーのようなことをやって、日本のチームに依頼を出したり、こうやって学生の取材を受けたりしている」なんて、1ミリも想像していなかったからです。
先のことは、正直わかりません。
インバウンド業界の魅力2選
ただ、インバウンドの業界にはいたいと思っています。理由は二つあります。一つは、単純に面白いからです。もう一つが、日本では数少ない成長産業だと思っているからです。
学生の皆さんは、今の日本を不安に思っているんじゃないでしょうか。少子高齢化、円安、人口減少などなど、確かに、日本経済は厳しい局面だと思います。でも、安心してください。インバウンド業界は、めちゃめちゃ盛り上がっています。
具体的な数字で言うと、年間でだいたい15%くらい成長しています。例えば、訪日外国人の数と、実際の消費額です。この二つが、それぞれ15%ずつ伸びています。今、日本でこんな業界はほかにありません。稀に見る成長産業です。そこに身を置いておくのは、悪くない選択なのかなと思っています。

オーバーツーリズムは、国策の裏返し
――一方で、オーバーツーリズムのような問題も耳にします。
「市民がバスに乗れない」といった話ですよね。でも、それを引き起こしているのは、実は国の政策自身で、国が訪日客数を増やしたいと旗を振っているんです。
2030年の国の目標は、旅行者数6,000万人、観光消費額15兆円で、それに向かって様々な取り組みをしています。
具体的には、VISA等入国条件の基準を緩和したり、国際線の数を増やしたり、インバウンド業界に補助金を入れたり(私はもらってませんが涙)などです。
だから、外国人をただ否定するより、国や自治体が、その方針にのっとって対策をしていかないといけないと私は思っています。
裏を返せば、この産業は、国が大きな船で動かしている大きな流れの中にあります。そこに乗るというのは、追い風になるビジネスということです。
【補足:インバウンド市場の現在地】
2025年の訪日外国人旅行者数は約4,268万人、旅行消費額は9兆4,559億円で、いずれも過去最高を更新した(前年比で人数15.5%増、消費額16.4%増)。
政府は2030年に旅行者数6,000万人、消費額15兆円という目標を掲げており、2026年3月に閣議決定された観光立国推進基本計画でも、この目標は据え置かれている。(出典:観光庁、日本政府観光局)
観光庁「観光立国の実現に関する目標」より
https://www.mlit.go.jp/kankocho/seisaku_seido/kihonkeikaku.html
日本にいても、グローバルに働ける
――海外へ出なくても、世界を相手にできると。
そこは、自分の中で考えが変わった部分です。
もともと私は、グローバルに働くというのは、駐在員としてアメリカに行った時のことをイメージしていました。「日本を飛び出して、異国の地で日本の商品を売る、日本のビジネスを切り開いていく」、それがグローバルに働くことだと思っていたんです。
でも、今は違います。日本にいても、グローバルに働けます。具体的には、インバウンドなら、日本にいながら外国人相手に外国語を使って対応し、受け取るのはドルやユーロなどの外貨です。
つまり、我々が海外に出て市場を切り開かなくても、日本で待っていればいいんです。勝手にお客さんがお金を使いに来てくれるんです。私はそれをキャッチするのも、グローバルに働くことだと思っています。
しかも、このスキルには汎用性があります。語学力、異国の価値観の理解などは、世界と仕事をする上で必ず求められるスキルです。今後日本は少子高齢化で市場は縮小していきますので、現在様々な業界が海外に目を向けています。そのため、日本の先行きが見えにくいなかでも、可能性のあるスキルなのかなと思っています。

他人軸=転職市場での価値が高いキャリア
――これから社会に出る学生に、一つアドバイスをお願いします。
偉そうに語れる立場ではないので、当時の私に向けてアドバイスをするつもりで話します。それは、他人軸のキャリアを磨いていくのか、自分軸のキャリアで生きるのか、そこをしっかり考えたほうがいいかな、ということです。
他人軸のキャリアというのは、転職市場での価値が高いキャリアのことです。恥ずかしながら、私が以前目指していたキャリアですね。
例えば、私が意識していたのは、IT、金融、グローバルで働くスキルです。そして、アメリカという先進国、日本、そして発展途上国といった場所です。そうした条件を満たしていれば、転職市場での価値が高いよね、という考え方です。インドで働こうとしていたのも、まさにこれでした。
これを悪いと言っているわけではありません。サラリーマンとして組織に所属して生きていくなら、必須の考え方です。他人軸で見たときに、どういう人が評価されるのか、それをしっかり考えていく必要があるんです。
他人軸を捨てた時、仕事が更に面白くなった
――一方で、自分軸のキャリアもあると。
はい。自分軸で、やりたいことがある人は、それに向かって仕事をし、キャリアを作っていくのも面白いよ、と伝えたいです。
私はサラリーマンを辞めてから格段と仕事が面白くなったんです。当たり前ですが、組織に所属していると、やりたくないこともやらないといけないし、理不尽なこともあります。
でも、今やっていることは、めちゃめちゃ面白いんです。もう、遊んでいるような感覚なんです。イメージとしては、文化祭です。みんなで自分のやりたいことをやっている、という感じですね。
やりたいことがある人は、そっちも経験してみていいのかなと思います。まだやりたいことがない人は、一旦サラリーマンとしてスキルを磨く、それも、それでいいと思います。
言いたかったのは、自分が今どのフェーズにいるのか、ということです。他人軸のキャリアを磨くところなのか、それとも、自分軸で、やりたいことがあって自分のキャリアを磨いていくところなのか。
そこをしっかり考えて行動すればいいんじゃないかなと思います。
そして、もし他人軸のキャリアを磨いていて、苦痛や限界を感じていたら、試しに自分軸のキャリアに移行してみてもいいんじゃないかなと思います。「何かの扉を閉じたら何かの新しい扉が開く」と思います。

新卒に戻れるならどの業界を志望するか
――もし今、新卒で就職活動に戻れるとしたら、どんな会社を目指しますか。
この頭のまま新卒に戻れるなら、商社かメーカーを目指します。なぜならいち早く海外で働きたいからです。
なので、メーカーでも、トヨタ自動車さんやホンダさんのように、海外勤務の枠が多い会社を目指します。
NTTドコモに興味がある方に一応補足しておくと、私が所属していた時は、NTTドコモの海外枠は、商社やメーカーと比較して少ないと思いました。それは国内で多くの売上や利益を出している会社だからです。ここで、アメリカで知名度がないというのにつながります。
商社やメーカーと比べると、相当運が良くないと、海外には行けません。もともと海外志向の人が多くないのもあったかもしれませんが、僕はラッキーだったと思います。
もし、海外勤務をしたい方いたら、その会社の財務諸表で、どこで売上を出しているかを見るといいかもしれません。まあ、今だったらChatGPTに聞けば一発かもしれませんが笑。
留学に行くなら現地の人と交流しよう
――留学に行く予定があるんですが、何かアドバイスをいただけますか。
観光地もせっかくなので行ってほしいんですが、それだけでなく、現地の人と交流してほしいです。
現地の方といろいろ話をして、一緒に遊ぶとか、友達を紹介してもらうとか、家に招いてもらうとか、それができればベストかなと思います。
あとは、「学生」の肩書を利用する方法もあります。例えば、日系の駐在員や、現地で起業している日本人が集まる、日本語での飲み会があったりします。
そういうところに行って「日本の学生です」と言えば、コミュニティに入れてくれて、いろいろ話を聞けると思います。そして、運が良ければ、起業しているような人たちとつなげてくれるかもしれません。まあ、多くのおじさんたちは、自分たちの話をしたいんです笑。
自分は、恥ずかしながら、大学生の頃はグローバル思考も全くなかったし、海外に1ヶ月住むなんて怖くて考えられませんでした。
だから、大学生でそういう活動をしているというのは、純粋にすごいなと思いますし、その意欲があれば、すごくいい経験ができると思います。頑張ってください!

旅は肩書きを消してくれる
――最後に、あらためて伺います。とっしーさんにとって、旅とは何でしょうか。
第1回でもお話ししましたが、旅に出ると、日本での肩書きも経歴も、一切が消えます。
いい大学を出ていようが、大手で働いていようが、その看板は通じません。自分個人として話すしかない、いわば裸になるんです。
サラリーマン時代の私は、他人軸で自分を測っていました。転職市場での価値、どの会社にいるか、どんなスキルを持っているのか等です。でも、世界を回って2,000人と話すうちに、そういうものが通用しない場所があることを知りました。
そこで残るのは、自分が何を面白いと思うか、何を語れるか、それだけなんです。
日本の魅力を海外の人に伝えたい。そう思えたのも、肩書きの消えた場所で、たくさんの人と純粋に話しをしたからだと思います。今の仕事が文化祭みたいに楽しいのは、たぶん、そこにつながっています。
(全5回・完)
編集後記
相手にどう評価されるかを想像しながら生きる、会社員としての生き方。一方で、転職の予定を変えてまで海外へ渡り、そこで築いたものをもとに、旅をしながら事業をする生き方。長江さんは、そのどちらも実際に経験してきた人でした。
海外を回ったことが転換点だったと聞き、あらためて気づかされました。普段触れない価値観や文化圏に、ただ身を置くだけでも大きな意義があるのだと。
なかでも面白かったのは、グローバルの捉え方です。日本にいても、外国人を相手に仕事をし、報酬をドルで受け取ることで、グローバルな事業はできる。海外で事業をするために、必ずしも海外へ移住する必要はない。
国内でガラパゴス化していると言われがちな私たちにとって、地理的な障壁を越えて世界を市場として意識する、きっかけになる考え方でした。
(探究ゼミ:相木)
長江 利行(ながえ・としゆき)さんのキャリア論まとめ
- 第1回:「旅に出ると肩書きが消える」慶應・ドコモ・シリコンバレーを経て「インバウンド事業家」となったToshi Guide長江利行さんが語る旅とキャリア
- 第2回:「この点数どう思う?」TOEIC525点の慶應理工生が、東工大(科学大)院に進学して大手内定7社からドコモを選んだ理由
- 第3回:8000万人の顧客情報の管理、20代で50代のマネジメント:ITエンジニアからシリコンバレー駐在員になったドコモの9年3カ月
- 第4回:NTTが無名」だったシリコンバレー投資担当の奮闘記:34歳でドコモを辞めインド内定も手放して起業したインバウンド事業
- 第5回:「他人軸を捨てた時仕事が面白くなった」大手・海外駐在を経たインバウンド事業家が語る、毎日が文化祭のような自分軸キャリア論
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