【第3回】8000万人の顧客情報の管理、20代で50代のマネジメント:ITエンジニアからシリコンバレー駐在員になったドコモの9年3カ月
第2回では、TOEIC525点の慶應理工生が、東工大の大学院を経てNTTドコモに入社するまでをたどりました。第3回の舞台は、そのドコモでの9年3カ月です。
新卒で8000万人分の顧客データを扱い、20代半ばで50代の現場の方達をまとめ、やがてアメリカ・シリコンバレーへ。
ただ、その海外赴任は、本人いわく「ラッキーな玉突き事故のようなもの」でした。どういうことなのか、順に伺います。

長江 利行(ながえ・としゆき)
訪日外国人に日本の魅力を伝えるインバウンド事業家。慶應義塾大学理工学部を経て、東京工業大学大学院社会理工学研究科を修了。NTTドコモでITエンジニアとして働いたのち、米国シリコンバレーに駐在し、スタートアップ投資や事業提携の創出に携わる。
世界85カ国をめぐり、2,000人以上の外国人と対話するなかで日本を客観的に見つめ直し、2023年に独立。YouTube(英語:「Toshi Guide from Japan」、韓国語:「토시 가이드」)やツアーガイドサービスを通じて、外国人の日本旅行を支えている。趣味は旅、テニス、韓国文化。
8000万人分の顧客データを守る情報システム部
――ドコモでは、まずどんな仕事から始まったのでしょうか。
最初の3年間は、情報システム部でITエンジニアをしていました。担当したのは、当時8000万人くらいいたお客様の情報を扱う、顧客管理システムの開発です。漏れたら大変な、超大事なデータです。
ITエンジニアというと、パソコンをカタカタ打つ姿を想像するかもしれませんが、私がやっていたのは上流工程と呼ばれる部分です。
「このシステムで何を作るか」を決める、いわゆる要件定義。実際に手を動かして作るのは、富士通さんやNECさんといった、当時ベンダーと呼んでいた会社で、私たちはその要件を決めて、出てきたものをチェックする側でした。
エンジニアの頭の使い所
――要件を決める、というのは、どういう難しさがあるんですか。
言われたものをそのまま作ればいい、というわけではないんです。
たとえば、いまAというシステムを作るとして、将来それをBに作り替える可能性があるとします。そのとき、Aだけを見て作ってしまうと、Bにするとき一から作り直しになる。でも、いずれBが必要になるとわかっていれば、最初からAを応用の効く作りにしておく。そうすれば、Bも簡単に派生させられる。
言われたことだけでなく、将来を見越して、どう作っておくか。そこが難しくて、頭を使うところでした。単純作業ではないぶん、見えない部分で頭を使っている感じでした。

20代半ばで50代の方のマネジメント
――その次はどんな部署いきましたか?
次の4年間は、法人の保守部門でした。保守というとわかりにくいのですが、企業のお客様が300台、500台とまとめて契約する携帯電話のサポートをする仕事です。
従業員の方が携帯をなくしたり、画面を割ったり、故障させたりする。そのとき、コールセンターに電話一本すれば、代わりの端末を郵送したり、遠隔で直したりできる。そういう仕組みを回す部署です。
私がやっていたのは、そのコールセンターのマネジメントでした。本社の社員がいて、グループ会社にコールセンターがあって、そこを取りまとめます。ここが、なかなか大変でした。
大学院を出ての就職だったので、まだ26〜27歳の若造、それが、50歳くらいのベテランの現場の方々をまとめて、動いて頂かないといけないんです。

本社から来た若手
――現場からすると、「本社から若いのが来た」という空気もありそうです。
まさに、そうなんです。「どうせ数年でまたどこかへ異動するんだろう」と見られている感覚は、正直ありました。笑
でも、何度も現場に足を運んだり、「お客様にとって良いことは何か」を考えて議論したりして、なんとか信頼関係を構築しました。
また、コールセンターには100人くらいがオペレータとして、電話を受けています。なかには、かなりレベルの高い要求をされるお客様もいます。
ただ、これは自分への戒めでもあるのですが、理不尽なことを言われても、丁寧に返して、お互い気持ちよく仕事ができたほうが、結局はいい。そう思って仕事していました。
【ジョブローテーションとは】 一定期間ごとに部署を異動させ、社員にさまざまな業務を経験させる人事制度。大企業に多く、幅広い視野を養える一方、専門を深めにくい面もある。

コロナで消えたベトナム行き
――その後、いよいよ海外です。どんな経緯でシリコンバレーで投資することになったんですか?
形としては、ドコモベンチャーズという会社に出向することになりました。
ドコモベンチャーズは、ドコモのスタートアップへの投資に特化したグループ会社で、本社が六本木、支店がアメリカのシリコンバレーにあります。私はそのシリコンバレー支店に行きました。ただ、そこにたどり着くまでが、けっこうな紆余曲折がありました。
もともとは、法人を3年やったタイミングで、海外で働く社内公募に応募していました。ベトナムのスタートアップに日本人1人で飛び込む、9カ月間の海外OJTプログラムです。
ドコモ社員が誰もいない、20人くらいのスタートアップで経験を積んでこい、というものです。人事部の面接を受けて、これに受かっていました。
――では、最初の海外はベトナムの予定だった。
そうなんです。2020年の7月から翌年3月まで行く予定でした。ところが、そこでコロナのロックダウンが来るわけです。
国境が閉じて、「ベトナムに行けません」と。とても行きたかったのですが、どうしようもなりません。もともと3年で次の部署へ異動する予定が、いわば1年留年のような形で、4年目も法人部門に残ることになりました。

駐在員はTOEIC900点
――そこから、どうシリコンバレーに?
コロナが収まるのを待っていたら、たまたま、なんです。私がその後に行くことになるシリコンバレーの駐在員が、一人辞めました。それで、枠が一つ空いたんです。
本来、駐在員として海外に出るには、TOEIC900点以上が必要、それ以外にも、海外の大学を出ているとか、MBAを持っているとか、そういう条件が求められると噂されていました。
私は当時775点で、海外OJT(研修生)の基準である730点は超えていましたが、駐在員の基準には届いていなかったんです。
晴れてシリコンバレーの駐在員に
そこを人事が調整してくれて、私がそのスポットに入ることになったんです。人事いわく、「本当は長江君には、1年間、海外OJTで語学やグローバルで働くスキルを身につけてから、次のステップとして送りたかった」らしいです。
かっこよく言えば飛び級ですが、実際は練習無しで、いきなり試合に送り出されるスポーツ選手みたいなものです。
人事からも「これはOJT、研修生ではなく、駐在員としての成果を求められる立場で行くことになる。大変だと思うけど、頑張って」と。でも、私的には「ラッキーな玉突き事故」で、人事には感謝しています。
こうして、ベトナムに行けなかった若手エンジニアは、思いがけずシリコンバレーの駐在員になったのです。人生、どこでどうつながるか、本当にわかりません。

シリコンバレーの魅力
――米国行ってみてどうでしたか?
一番好きだったのは、多様性です。カリフォルニア、シリコンバレーは、本当にいろんな人種がいるんです。アジア系、白人、黒人、インド系、メキシコ系などなどです。
日本は世界的にも移民が少ない国で、約97%が日本人です。それとは真逆でした。いろんな背景の人と日々話せて、日本では気づけない価値観を知ることができて、それがすごく面白かったんです。
ラーメン4,000円、家賃45万円
――暮らしのほうはいかがでしたか。シリコンバレーというと、物価の高さも有名です。
もう、めちゃくちゃ物価が高いです。体感で4倍くらいです。住んでいたのは、スタンフォード大学から車で10分のシリコンバレーのど真ん中でした。家賃が当時で、ワンベッドルームで2800ドル。今の相場だと、日本円で45万円くらいでしょうか。ラーメンも一杯4000円です。
ちなみに、カリフォルニアの運転免許も取ったんですが、実技試験で一度落ちました。日本ではゴールド免許なんですが笑。

編集後記
コロナで予定が狂い、誰かが辞めて空いた枠に、たまたま滑り込む。シリコンバレー赴任の裏に、こんなにも偶然が積み重なっていたとは驚きました。
取材では伺いきれませんでしたが、その裏には日々の仕事ぶりや努力があったのだと思います。ご本人が努力と思っているかは別として。
現地について家賃の高さに驚き、免許試験に一度落ちたけど、多様な人種のなかでたくましく暮らしてく。そんな姿を想像しました。
(探究ゼミ:佐藤)
長江 利行(ながえ・としゆき)さんのキャリア論まとめ
- 第1回:「旅に出ると肩書きが消える」慶應・ドコモ・シリコンバレーを経て「インバウンド事業家」となったToshi Guide長江利行さんが語る旅とキャリア
- 第2回:「この点数どう思う?」TOEIC525点の慶應理工生が、東工大(科学大)院に進学して大手内定7社からドコモを選んだ理由
- 第3回:8000万人の顧客情報の管理、20代で50代のマネジメント:ITエンジニアからシリコンバレー駐在員になったドコモの9年3カ月
- 第4回:NTTが無名」だったシリコンバレー投資担当の奮闘記:34歳でドコモを辞めインド内定も手放して起業したインバウンド事業
- 第5回:「他人軸を捨てた時仕事が面白くなった」大手・海外駐在を経たインバウンド事業家が語る、毎日が文化祭のような自分軸キャリア論
投稿者プロフィール



