#3 大学院生は修士で就職すべき?博士はいらない?この時代に大学院で学ぶ意味とポスドク問題
- 高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院(光文社新書2007)
- ホームレス博士 派遣村・ブラック企業化する大学院(光文社新書2010)
- 「高学歴ワーキングプア」からの脱出(光文社新書2020)
これらは全て実際に販売されている書籍のタイトルです。
高学歴の本当の意味は、難関大学の学部卒業した人ではなく、修士や博士を取得した人を指します。
その意味で、日本は高学歴が優遇されていないと言えるかも知れません。
その日本で大学院に進学する意味はなんなのか?
大学院生の指導も行なっている、現役の東大教員に伺ってみたいと思います!
【吉村英哲 助教】
東京大学大学院理学系研究科化学専攻助教。
京都大学工学部工業化学科卒業後、複数の研究所を経て、2009年より東京大学で教鞭をとる。
主な研究テーマは「生細胞内分子の動態解析と操作を通じた生命現象作動機構の解明」
目次
理系院生の進学&就職事情
東大理系研究室の配属
ーー東京大学の研究室の配属(進学)ってどうやって決まりますか?
僕の学科だと、4年生になる時に、全員どこかしらの研究室に入ります。
各研究室概ね3〜4人の配属で、詳しくは知らないのですが、どの研究室に入るかは、学生さん同士で話し合って決めるようです。といいつつ、1つのラボに多人数の志望があった場合は、だいたい成績順で決まることになっているようです。
ラボの人気は年によって変わりますし、ラボによって厳しさもまちまちです。僕のいるラボは比較的縛りは緩やかな方だと思います。
ーー学部卒業して、修士や博士に進学する割合はどれぐらいですか?
学部卒業して就職する学生もときどきいますが、うちの学科ではほとんどは修士課程に進学します。
さらにその中の4~5割ぐらいが博士課程に進むイメージです。
大学院生の卒業後の進路
ーー大学院生は卒業後は研究者になる人が多いですか、それとも民間就職する人が多いですか?
大学とかアカデミアに進もうという人は減ってきている気がします。これだけポスドク問題とかなんとか言われたら、仕方がないなとも思います。
博士課程に進む学生も、体感としては横ばいか減ってきています。
博士を取ると、そのまま大学とかアカデミアの方の研究者になるというイメージが強いかもしれませんが、実際はそうとは限りません。博士課程を修了してから企業に入る人もたくさんいます。
うちは化学専攻なので、学生さん全体として見たときには多くの人が関連する分野に進んでほしいなという気持ちはあるんですが、一人ひとりの学生さんに対しては分野問わず自分の好きな仕事についてもらえればいいと個人的には思っています。
実際に、コンサル、金融、 IT業界へ行く人も多くいます。
大学院で身につく力
仮にアカデミアの道に行ったとしても、今の技術がそのまま何年も同じように使えるという事はありません。
そういった手先の技術よりも、事実やデータを元に考える力、根本的な論理的思考力、その論理を説明する表現力などを身につけて、どの分野に行っても幸せになれる力を身につけてもらえると嬉しいです。
東京大学内部進学と、院から東大生の違い
ーー大学院から東大に入ってくる学生もいると思います。内部生と外部生で感じる違いなどはありますか?
東大の学部から上がってきた学生は、修士が終わったら就職する人がやや多めな印象です。単純に、就職に強いのかもしれません。
逆に他の大学から東大院に進んだ人は、ドクターにいく率が高い気がします(データを見たわけではないので、実際は違ったらごめんなさい)。
「こんな研究がやりたい!」という思いを持ってわざわざ東大の研究室を選んでくるからかもしれません。
博士課程のススメ
修士で就職も全然いいですが、論理的思考やデータに基づいて考える能力は博士過程でさらに鍛えられるので、博士取得までは個人的にオススメします。
それ以降でアカデミアの研究者になるのは、研究そのものが大好きとか、そういった適性がなければ必ずしもオススメはできませんが。
ポスドク問題に対して思うこと
ポスドクってなに?
ーー「ポスドク問題」と先ほど話していましたが、改めて「ポスドク」とはどんな身分なのか教えてください。
博士号を取ってからも、大学などのアカデミアで研究をしたいと思ったら、多くの人が大学やプロジェクトの予算で雇われる研究員になるんです。
博士を取って、その後の研究員ってことでポストドクターと言われます。略してポスドク。
日本語で言うと博士研究員。博士号を持ってる研究員ということです。
ポスドク = ポストドクター = 博士号を取得した研究員
博士号のない研究員もたまにいるのですが、大学の研究員はだいたい博士号を持っています。
なので「研究員」という肩書を大学で聞いたら、ほとんどの場合はポスドクと呼ばれる人だと思っていただければいいと思います。
※なお、同じアカデミアでも国立研究所などでは「研究員」はポスドクではなく、大学の助教やそれ以上に当たる職位の場合も多いです。
ポスドク問題とは
ポスドク問題というのは、博士号を取るぐらい高等教育を受けた人材が、キャリアの初期で身分的にも金銭的にも不安定な状況を過ごすことを問題視した言葉です。
多くの場合雇用は非正規で、金銭的にも恵まれてるとは言えない。そんな感じの状況が問題視されていて、ニュースなどでも取り上げられるようになってきているようです。
ポスドクは研究所の主戦力
博士号を取った学生に対して、ポスドク、博士研究員として非正規雇用します。
ただ、学生という身分で27歳くらいまですごしていますので、同級生は一足先に企業などに入り、順調にキャリアを重ね初めている。焦る気持ちもあると思います。
非正規雇用なことが多く待遇も博士号を取って企業で働くよりは恵まれていませんが、ポスドクは研究室のメインとなる戦力です。
普通の会社でいったらある程度の経験を積んだ上で現場でバリバリ働く若手社員です。
私の”ポスト”ポスドク時代
私の場合は、 京都大学再生医科学研究所(当時)にいた頃がポスドク時代ですね。
そこで約2年間のポスドク時代を過ごした後、今の東大のボスに声をかけてもらいました。
>>#2 様々な挫折を経て、京都大学の学生はいかにして東京大学助教になったのか
東京に来て最初の頃は特任助教の肩書きで、その時はプロジェクト雇用でした。グローバルCOEというプログラムがあり、最初はそのお金で雇ってもらいました。
助教とはいえ雇用形態はポスドクと似ていて、契約期間は毎年度末まで、グローバルCOEの期間が終わるまでは契約更新可能、という雇用契約でした。
*編集注【グローバルCOEプログラム】:大学院の教育研究を充実させる目的で行われる、文部科学省の補助金事業。委員会は日本学術振興会が運営する。 |
グローバルCOEプログラムが終わった後は、ラボの研究費で雇って頂いていました。
雇っていただく元となる研究費はしばしば変わるため、退職して翌日に採用していただくのを3回経験しました。
東大助教になって思うこと
助教になって任期がなくなった
2009年の7月に東大に来て、6年経った2015年に正規の助教になりました。そこからは任期がなくなるので、契約上はずっと東大にいることも可能です。
(*正規の助教でも有期雇用の大学・学部も多いです)
ただ、ステップアップというか、やはりポジションアップして次に移っていくことが基本的に推奨されますので、いい加減出て行かなあかんなというところではあります。
こういう分野と言うか、大学教員という職業の宿命ですね。
ーー今は助教という身分ですが、将来的には教授にはなりたいですか?
なりたいです。
大変そうですけどね。学科全体の運営や研究がスムーズに行くように働きかけたり、自分の研究以外のところも支える業務が増えて。
研究者と言いながら、研究とは全く関係ない経営のような仕事もしなければならない。
研究以外の仕事が増えるのは大変ですが、それでも自分の研究を広げていくために、教授をはじめとした研究室を主催する独立研究者になりたいなとは思います。
ーーいまの人生満足度を5段階評価するとどのくらいですか?
1〜2です。
キャリアの途中で13年間も動かないでいますから、5にはならないです。
現場でガンガン研究して、研究のことをいろいろと考えながらわくわくしているような時間を増やせれば、キャリアのステップを問わず満足度は上がるかもしれません。
研究そのものは好きですから。
そのためにもできるだけ大きな研究目標をイメージする時間を作りたい。その目標を実現する新しいことも身につけていかないといけない。
最近はプログラミングをできる人が増えてますが、僕は全然知識がなくて困っているんで、そういうスキルも身につけていきたいです。
新しいことを身につけても、次はこれをしたい!っていうまた新しい欲が出てくるから、終わりはなさそうですね。
研究が全てじゃないんですけど、もっと「おもしろいこと」を追及していきたいですね。
[文:ことね / 編集:吉中智哉]
[撮影:梨本和成 / デザイン:舩越英資 ]