#1 化学の研究ってなんの役に立つの?東大教員が語る社会貢献とやりがい
日本で1番有名な大学といえば東京大学。
名前は知ってるし、東大出身の有名人も知っている。
でも意外と知らないのが、そこで教える先生や行なわれている研究。
そんなわけで今回から、日本一有名な大学で、どんな先生がどんな研究をしているのか深掘りしていきたいと思います!
【吉村英哲 助教】
東京大学大学院理学系研究科化学専攻助教。京都大学工学部工業化学科卒業後、複数の研究所を経て、2009年より東京大学で教鞭をとる。
主な研究テーマは「生細胞内分子の動態解析と操作を通じた生命現象作動機構の解明」
目次
大学での研究分野
ーー現在肩書きとしては東京大学の教員ですが、東京大学にきて何年経ちましたか?
長いですね、13年まるまる経ちました。14年目です。
ーー普段はどんな研究をしていますか?
基本的には応用ではなくて基礎研究がメインです。
細胞の中の分子の動きを、顕微鏡で直接観察して、生き物がどんな仕組みで働いてるのかを研究してます。
スーパーのお肉もそうですが、牛だった時も牛肉になったときも、物質的には変わらないんですよね。でも、お肉は生き物じゃないし、ましてお肉の入ったスープは生き物じゃない。
けれども動物や我々人間も含めて間違いなく生きている。じゃあ、生きてるって言うのはどういう状態なのか。
そこにある物質の種類としてはに同じだけど「この状態は生きてる」「コイツは生き物じゃない」って線引きがある。
その違いを分子のスケールで知りたいっていうのが研究の興味です。最終的にはそこに辿り着ける研究をしたいと思ってます。
大学の研究は何の役に立つのか?
ーー愚かな質問なのは重々承知の上で、そういった研究が私たちの生活にどう役立つのか教えてください。
研究を進める過程でも、いろんな具体的なターゲットがあります。
例えば、人体を分子が集まって動いている機械っていう風に考えると、病気になってる状態っていうのはその機械のどこかが故障しておかしくなってる状態です。
どこの部分が故障してるのか、その故障はどうやって直せるのか。分子のレベルで身体を見ると、病気の状態をもっと正確に捉えられるんじゃないかと考えています。
分子レベルの動きが解明できれば、予防もできるし治療もできる。
アルツハイマーやガンであるとか、そういった現代の課題となっているような病に対しても、正常な状態と何が違うのか、あるいはその違いが生まれる瞬間に何が起こってるのかわかるかもしれない。
こういったことが、この分野が社会に貢献できるかもしれない一つです。
化学と生物学との違い
ーー先ほど牛の例がでてきましたが、いわゆる生物学と何が違うんですか?
生物学の場合はまず生き物があるところから始まると、私は思っています。
その生き物がどういう仕組みで動いてるのか、この状態の時にはこんな風になってるんだって感じで。
まず生き物がある、それからだんだん細かく見て、こんな仕組みだったんだなっていう状態を見る。
一方、僕自身は化学とか分子科学の出身で、分子それ自体は生きているものではないのに、その分子が、どんな風に集まって、どんな動きをすることで、生き物としての機能や現象が起こるのかな、っていうのを知りたい。
生き物を分子でできた機械として捉えるというところに、生物学をバックグラウンドとする人と違いがあると思っています。
分子を機械だと捉えていて、その仕組みを知るために直接顕微鏡で拡大して観察する。そういうイメージです。
研究対象は分子
ーー研究内容が非常に難しく幅広い印象ですが、対外的にどんなふうに紹介していますか?
専門分野は相手によってどう説明するか変えています。
「専門は?」と聞かれて学会などでは「一分子イメージングです」っていう時もあるし「バイオイメージングやってます」と言う時もありますし、「光を当てて生き物や細胞の機能を観察したり操作できます」と言ったりもします。
ただ、僕自身は生物を分子科学から見る人間だと思っています。またラボとしては分子ツールを作るラボです。
分子ツールを使うことで細胞や生き物の中の色んな分子を見たり操作したりすることができます。
化学研究へのモチベーション
原理原則が知りたい
生物も分子が集まってはたらいている物体です。だから分子機械としての生き物を理解したいと思っています。
理解しようと思ったらどうしたらいいか?実際のシステムの中で部品がどんな風に動いてるのかを観察するのがいい。
自分の知らない機械を与えられて、その仕組を知りたいと思ったら、ボタン押してみてどんな風に動くかなとか、試してみますよね。
さらに、もしエンジニアならボタンを押して応答をみるだけじゃなくて、機械を開けて分解したり、中身を観察してみたり、部品変えてみたらどうなるかな?とかやってみて、詳細な仕組みを知ろうとする。
このエンジニアのような作業を、細胞を相手にやってる感じです。
この先の研究テーマ
ーーこれからどんな研究してみたいですか?
最近気づいたんですけど「生き物以上に人間の仕組みを知りたい」って何となく自覚してきました。
分子機械としての生き物の仕組みを知りたいんだったら、本来一番単純な生き物である大腸菌などの細菌類とかを扱うのが近道だと思います。
実際に大腸菌や、真核生物で一番単純な酵母などは、いろんな生理機能や病気の研究でもモデル生物としてよく使われています。
でも僕は、細菌類や酵母は研究対象にしていません。哺乳類やヒト細胞を扱って研究を続けています。
ゆくゆくはほ乳類細胞試料で、たくさんの細胞が集まって出来てるような大きいサンプルで分子スケールの現象を見たいなと思ってます。
細胞が集まって高次機能を作る
例えば脳の働きでもそうですけど、神経細胞一個ではなく、たくさんの細胞同士のつながりがあって、初めて高次機能が生まれます。
今はバラバラの細胞を見てるんですけど、バラバラの細胞を観察するだけではわからないことも多い。
たくさん細胞が集まって細胞の集団として機能しているような、巨大なシステムに対して部品レベルでの動き方を理解してやるようなことが、これからできたらいいですね。
研究者として仕事のやりがい
ーー研究をしていてやりがいを感じるはどんな時ですか?
データが出たら嬉しいですし、単純に顕微鏡で観測できたとか、そういう小学生みたいな喜びもあります。
予想通りでも面白いし、予想が外れても理由を考えるのが面白い。
データはあくまでデータ、客観的なものなので、どのデータがでたら良くてどのデータが出たら悪いとかは思わないです。
ただ、何も出てこない時はあまり楽しくないですね
あとは学生さんがおもろい結果持ってきた時、面白そうに結果を持ってきてくれた時は嬉しいです。
基礎研究は文化、応用研究は文明
ーー基礎研究をやってる立場からして応用研究はどう見えますか?
絶対必要ですよ、応用研究は。
応用研究がなかったら、生活は豊かにならない。文化と文明で例えると、基礎研究が文化、応用研究が文明だと思います。
テクノロジーは当然必要ですし、テクノロジーが出てこないと基礎研究の技術も上がってこない。逆に基礎研究の知見がなかったら、次の新しいテクノロジーも作れない。
基礎研究と応用研究は、車輪の両輪と言ってもいいです。
文化と文明のどちらも必要だと思います。片方がないままでどちらかだけが続いていくってことは、仕組みとして実現しないと思っています。
研究者としてのキャリアの展望
ーー研究面ではなく、キャリア面で目指していることはありますか?
サイエンスのファンを増やすことをやってみたいです。
「基礎研究はよくわからない」というのが非専門家の方にはあると思うので、サイエンスに親しんでもらうようなことができればいいなとは常々思っています。
最近はサイエンスコミュニケーターという、研究者と非研究者との橋渡しをする職業の人もいます。
そういうサイエンスコミュニケーターの人を通じてでも、あるいは研究者自身から直接非研究者の人に働きかける形でも、研究現場の人間から発信するのは一定の意味があると思います。
科学は身近なもの
科学は本来縁遠いものじゃありません。
私たちの体も科学の仕組みに従って働いているし、病気の治療や普段使ってるスマホもパソコンもボールペンのインクも科学の集積です。
確かに、これらの道具を使うのには研究者ががやっている小難しいことをやる必要もないし、分かる必要もない。
けれども、科学で作られたものを日々使ってるし、社会空間全体が実は科学で満たされている。
そんな事を知ってもらえる機会があったら、嬉しいなと思います。
[文:ことね / 編集:吉中智哉]
[撮影:梨本和成 / デザイン:舩越英資 ]