#2 乗る駅から”降りる”駅へ:元大宮駅長が語るJR職員のキャリアパスと大宮駅の歴史から始まる地域貢献

鉄道事業は、単に人々や物を運ぶだけでなく、地域社会と深く結びつき、その発展に貢献してきました。
筑波氏は、鉄道職員の様々なキャリアを経験し、特に大宮駅駅長時代には、大宮駅130周年イベントなどを通じて、地域住民と連携した駅づくりを積極的に展開し、「乗る駅」から「降りてもらう駅」への発想の転換を図りました。
現在は東日本アイステーションズの代表取締役として、情報配信事業の拡大に尽力する傍ら、社員育成にも力を注ぎ、社員の成長を会社の成長の要と捉える経営手法を実践しています。
将来、鉄道業界で働きたいと考えている方はもちろん、地域活性化や組織運営に興味のある方にとっても、示唆に富んだ内容となっています。ぜひ、筑波氏の経験を通して、これからの社会における鉄道の役割、そして自身のキャリアについて考えてみてください。

【筑波伸夫さん】
慶應義塾大学経済学部を卒業後、日本国有鉄道(国鉄)に入社。国鉄からJR東日本への移行を現場で経験し、鉄道業界の大きな変革を見届けた。さまざまな業種を経た後、大宮駅駅長に就任。多くのプロジェクトを主導しながらターミナル駅の運営を担った。
現在は、公益社団法人さいたま観光国際協会の会長を務めるほか、株式会社JR東日本アイステイションズの代表取締役社長として、新しい鉄道サービスの展開や観光振興に注力している。
目次
鉄道職員のキャリアタイプについて
ーー鉄道職員は、どのような職歴を重ねていきますか?
鉄道職員のキャリアは、大きく事務職、運転関係、設備関係などに分かれています。
事務職の場合、まずは駅業務からスタートすることが一般的です。改札業務でお客様対応を行い、出札業務で切符販売などを経験した後、適性や希望に応じて乗務員(車掌など)といった運転系統に進む道が開かれます。
乗務員になるためには、性格や適性を診断するクレペリン検査(能力面や性格・行動面の特徴を測定する心理検査)などが実施されます。
現場での業務経験を通して基礎知識を習得した後、支社などの企画部門を経て再び現場に戻る場合や、本社勤務となる場合など、キャリアパスは多岐に渡ります。基本的には試験制度に基づいて昇進していく仕組みとなっています。
キャリア形成において重要なのは、明確な目標を持つこと、そして良き上司との出会いです。尊敬できる上司の姿を見ることで、自身の進むべき道が見えてくることがあります。

大宮駅駅長時代:地域と一体となった駅づくり
ーー最も自分でやりがいを感じた仕事はなんですか?
やはり大宮駅の駅長のときです。
駅長としての仕事は、労務管理、社外対応、人材育成など多岐に渡ります。中でも、大宮駅の駅長時代、大宮駅130周年を迎えるにあたって実施したイベントは、特にやりがいを感じる仕事でした。
このイベントでは、まず社員全員に大宮駅の由来や地域住民の思いを伝え、「地域に応えるイベントにしよう」と呼びかけました。
新入社員には子供向けのイベント企画を任せるなど、ユニークな企画も多く生まれました。大宮駅開業130周年イベントを通して、さいたま市や駅周辺の人々と一体となり、「鉄道のまち大宮」を盛り上げることができたことは、かけがえのない経験となっています。
大宮駅開設の功労者、白井助七
1883年に日本鉄道第一線区(上野駅~熊谷駅:現在の高崎線)が開業しましたが、当時大宮駅は存在しませんでした。
この状況に問題意識を持ち、「大宮駅を作るべきだ」と鉄道誘致活動を行ったのが白井助七氏です。
折しも東北線建設の計画が持ち上がり、高崎線との分岐駅が必要となっていた時期でした。通常であれば既存の駅から分岐するところですが、白井助七氏を中心とした地元住民の熱心な誘致活動と土地の提供により、現在の大宮駅周辺が形成されたのです。

当時の人々は、「大宮をこのまま衰退させてはいけない」という強い意志を持っていました。そのハングリー精神こそが、現在の大宮駅を築き上げたと言えるでしょう。
現代は便利になりすぎて、現状に満足し、疑問を持つ人が少なくなっているように感じられます。
地元の人から土地を譲り受け、一緒に駅を作っていく
変革は一見困難に思えますが、歴史を振り返ると、何かしらのきっかけによって新しいものが生まれていることが分かります。歴史から学ぶことで、新たな可能性を見出し、既存の価値を高めることができるのです。
大宮駅はもともと鉄道会社が所有していた土地ではなく、地元の方々が提供してくださった土地に建設されました。この背景から、「地元の人々のために貢献しなければならない」という強い使命感が生まれたと言えるでしょう。

大宮駅を人が降りる駅へ
駅長になる前の私は、「収益を上げるためには、乗車客数を増やさなければならない」という意識が強く、「乗る駅」にすることを重視していました。そのため、売り場の利便性を高めたり、旅行キャンペーンを企画したりして、乗車客を増やそうと努力していました。
しかし、大宮駅の歴史を知ったことで、地元に還元し、貢献できる駅とは「降りてもらう駅」だという考えに至りました。地元の人々や訪問者に降りていただくことで、地域を活性化し、地元に利益をもたらすことができるのではないかと感じたのです。
もちろん、「降りる駅」にするには一人の力では限界があります。そのため、「地元の人々と協力し、魅力的な駅を一緒に作らなければならない」と考えました。駅を魅力的な場所にすることができなければ、降りてもらうことはできません。
地元と連携し、共に新たな価値を創造することが、地域に愛される駅をつくるための鍵だと思います。
東日本アイステーションズ 代表取締役の仕事
ーー現在のお仕事について教えてください。
筑波氏は現在、JR系列会社である東日本アイステーションズの代表取締役を務めています。同社は設立27年を迎え、当初は鉄道の遅延情報を利用者に発信することから事業を開始しました。
当時は社員が24時間体制で情報伝達を行っていましたが、現在ではJR東日本のみならず、他地域のJRや民鉄にも配信を行うまでに事業を拡大しています。

特に「TRAIN TV」の配信は、自社で一貫して取り扱っています。山手線をはじめとしたJR線だけでなく、西武鉄道や小田急電鉄などでも同様のサービスを提供しています。
代表取締役としての仕事は、売上を伸ばして利益を出し、配当金で還元すること、社員の給与を上げ、職場環境を改善し、仕事を通じて社員のモチベーションを向上させることなど、多岐に渡ります。
また、ガバナンスやリスクマネジメントの強化、新しい取り組みへの積極的な挑戦も重要な役割です。

会社は社員が要
社員一人ひとりの成長が、会社全体の成長を支える要であると考えています。
新しいことに挑戦する風土を育み、個々の能力を向上させることで、従来40分かかっていた作業が20分で済むようになれば、その分の時間を新たな価値創造に充てることができます。
このような考えのもと、弊社では1人あたり約10万円の研修費を支給しています。資格を取得することで社員自身の成長や自信につながり、会社にも貢献できると考えています。社員にはぜひ大きく成長してもらいたいという思いからの投資です。
もちろん、中には転職を選ぶ社員もいます。しかし、それは会社への不満ではなく、自分の能力をより発揮できる環境を求めた前向きな決断であることが多いと感じています。
面白いことに挑戦できる風土を作り、社員と会社の双方にとって良い環境を整えることも、私たち経営者の重要な役割だと思います。

会社存続理由としてのパーパス
昨年は、会社の存続理由の原点である「パーパス」を社員に理解してもらう取り組みを行いました。
社員が自社について学び、同じ方向を向くことができたため、この取り組みは非常に有益だったと感じています。

パーパスの存在が外部から「すごい会社」と評価される要素になることは確かです。しかし、それ以上に重要なのは、社員一人ひとりがその内容を深く理解し、自らの言葉で表現できることです。今回は全員参加型の取り組みを実施したことで、良い効果を得られたと感じています。
パーパスは一度作れば終わりではなく、時代の変化に合わせて毎年アップデートすることが必要です。
現在は利益を上げている会社でも、5年後、10年後には競争環境が変わり、売上が減少するリスクがあります。そのため、時代に即した付加価値を考え続け、最初にお客様が喜ぶ価値を生み出すことが重要です。
社長が「これやれ」というより、風土はやはり社員がつくるものです。社員の主体性を尊重しながら、未来を見据えた環境づくりを進めていくことが大切だと考えています。
上司として積極的にコミュニケーションを取る
私は代表取締役という立場ですが、毎日積極的に社員に話しかけるようにしています。現在社員は65名ほどいますが、名前を覚え、会話していると社員の性格や長所が理解できます。
大宮で駅長を務めていたときには、350名の社員を抱えていました。泊まり勤務のある職場では、勤務の都合で直接会えない社員も多くいました。
そこで、全員分のボーナス明細を職場まで足を運んで直接手渡しするようにしていました。その際、「頑張っているね。でも次はこういうことにも取り組んでほしい」というように、自分の思いを伝える機会を大切にしていました。
もちろん、一方的に伝えるだけではなく、社員の趣味や家庭の話など、雑談を通じて相手を理解することを心がけていました。共通の話題を通じて信頼関係を築き、新たな挑戦や前向きな取り組みを促すことが重要だと考えています。
こうした努力を重ねなければ、社員は上司に対して心を開いてくれません。それを理解した上で行動するのが、上司としての務めだと思います。

リモートワークの弊害と真の会議
現在、多くの企業ではオンラインでのやり取りが主流になり、必要最低限のコミュニケーションで済ませる場面が増えていると聞きます。しかし、それだけでは新しいアイディアは生まれません。
コロナ禍においてテレワークは重宝されましたが、創造的な議論や新たな価値の創出には、やはり対面でのやり取りが必要です。ただその場合でも、ゼロから議論を始めるのではなく、事前にテーマを決めておくと無駄がないです。
会議が資料説明で終わってしまうのは、本来の会議ではないと思っています。資料は事前に配布して目を通し、その上で感じた意見を議論するのが会議だと考えます。
資料を会議中に説明するだけで「会議をしたつもり」になってはいけません。コロナ禍を経て、資料を事前に共有する習慣が定着したことは良い点です。
会議とは議論を重ねて方向性を確認し、みんなが納得の上で結論を出す場であるべきだと思います。
[ 文:川上友香梨 / 編集:吉中智哉]
[写真:梨本和成 / デザイン:松谷萌花]
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