#2 アナウンサー志望ではなかった登坂淳一はなぜアナウンサーになったのか?
NHKの看板アナだった登坂さん。
アナウンサーはやはり狭き門。そんな中、登坂さんはどのようにしてアナウンサーになったのか?
アナウンサーに求められる資質ややりがいについてお伺いしました!
【登坂淳一】
法政大学卒業後、1997年にNHKへ入局。インターネット上で「麿」の通称で親しまれるなど、幅広い層からの支持をえる。2018年に同局を退職し、フリーアナウンサー へ転身。
バラエティ番組に多数出演するだけではなく、ブログや各種SNSでの発信、俳優業など、幅広い仕事に挑戦中。
目次
アナウンサー志望は2タイプいる
ーー最終的にはアナウンサーとして採用されるわけですが、その辺の経緯を教えてください。
アナウンサーになりたい人は、大きく2タイプいると思っています。
1つは、絶対アナウンサーになりたい、何がなんでもアナウンサーになると思うタイプ。そういう人は各局が開催するスクールに通ったり、マスコミ系のサークルに入ったりして、懸命に勉強する。就活もだいたい全国の放送局を受けるというのが一般的だと思います。
もう一方は、アナウンサーも数ある職業の1つの候補だと考えているタイプです。僕は完全にこちら側でした。
だから、何としてもアナウンサーになりたい方からすると、当時の僕は就活生としては落第生ですね(笑)アナウンサーを志望する決定的な動機があったわけではありませんでした。
とても偉そうなことは言えないのですが、ここからは、その辺りを加味してお聞きいただければ嬉しいです。
登坂淳一がアナウンサーを目指したキッカケ
アナウンサーに繋がる一番古い記憶は、祖母との出来事です。
僕の祖母は民謡の先生だったのですが、「本当に声が良い」や「声が響くね」と言って僕を褒めてくれました。幼心に嬉しかったのを覚えています。
次にあるのが、小学生の時。父との記憶です。
当時、父親はとても忙しく、ほとんど家にいる時間というものが無かったんです。子供心で何とか父とコミュニケーションをとれないか、ある種のキッカケのようなものを探していました。
そこで注目したのが、新聞のスポーツ面でした。
たまに夕飯時にいた父が野球中継を観ているのは知っていましたので、野球、相撲、ゴルフなど、前日のゲームのクライマックスシーンをスポーツ面から自分なりに考え、実況の真似事をして再現してみたんです。
勇気を出してやってみたら、父がとても喜んでくれたのがとても嬉しかったですね。
アナウンサーの面白さ
当然稚拙だったと思いますが、一生懸命だったからか、父が好きなことを探そうとしたからか、とにかくとても喜んでくれた記憶を就活の時にふと思い出して、あのとき父が喜んでくれた理由はなんだったのだろうと考えました。
何かを正しく伝えることで誰かに喜んでほしい、その中に情報というものがある。そうした想いのようなものを伝えるという仕事がアナウンサーなのかと考え、まずはトライしてみようという考えに至りました。
こうした経緯なので、では具体的に何がやりたいのかということまでは、その時点では自分の中にはありませんでした。
スポーツ実況をやりたい、歌番組でMCがやりたい、ニュースを伝えたい、そうしたアナウンサーを志望する人なら持っていて当然のビジョンは全然なかったんですね。
ただ誰かに何かを伝える。誰かに言葉にして伝える。
そこに自分にとっての、或いは誰かにとっての喜びややりがい、魅力があるのかもしれないと思ったんです。
その一心でアナウンサーという職業を目指すことになりました。
登坂淳一がアナウンサーになれたワケ
ーー登坂さんのどういうところが採用に繋がったと思いますか?
ここまで話してきたことで、お分かりかと思うのですが(笑)、技術的な部分では全く無かったと思います。
ずっと勉強してきた即戦力になり得るようなレベルの同期が当然いましたので、技術的な部分では到底叶わないですよね。
だからスキルではない、気持ちの部分が評価されたのではないかと。
一言一句考えながら読むことを心がけていたので、採用担当者の方の心になんとなく何かが届いたのではないか。
当時は分かりませんでしたが、今になってそう思います。
国内政治や国際情勢でも究極のところ、なんでもいいのですが、起こった何か1つのニュースに対して、
「このニュースを報道する意味とは何なんだろうか?」
「どういう人たちに、どういう影響を与えるニュースなんだろうか?」
そんな事を、声に出して伝える前に少し掘り下げて考えていました。
技術では叶わないと早々に割り切れたことも追い風になったのかもしれませんね。
考えながらニュースを読む
大学3年の後半3ヶ月間ごろのタイミングでしたでしょうか。NHKが主催する就活スクールに通っていました。
「面接の練習になるから行ってみるといいよ」と先輩からアドバイスを受けたことがキッカケです。
その中には原稿を読む授業があり、現役のNHKアナウンサーの方が教えてくれました。僕が原稿を読んだ後に、
「君は何か(アナウンサーに関わるようなことを)やっていたのか?」と聞かれ、
「なにもやっておりません。今日初めてやりました」と正直に答えました。
別日には、
「今日やった原稿、どうしてこういう風に読んだのか?」
「このニュースについて君はどう思うか?」
など、振り返ると質問一つ一つに意味があり、常に考えながら読むトレーニングを積ませてもらったんです。
アナウンサーの勉強を特段してこなかったことで、変な癖がついていなかったのが幸いしたのか、うっすらとほんのりとですが、なんだか期待されている感じがして、より頑張れました。
モチベーションは間違いなく上がりましたよね(笑)。
それと僕にとっての追い風は、企業というものは色々なタイプを採用しようとします。
もちろん企業のカラーというものは存在しますが、企業を構成する人材は多種多様な方が可能性が広がりますよね。
たくさん勉強してきている同期と比べたら、異色というか、ポンコツというか、とにかく違うように見えたのか、稀にこんなのもいてもいいんじゃないか、採用担当者は思ったのかもしれません(笑)
起こり始めていた多様性を尊重する風潮の中で、たまたま選ばれたのかもと思っています。
法政大学の自主マスコミ講座
ーーアナウンサー採用が決まった後、周りの反響はどうでしたか?
僕の母校は法政大学ですが、法政大学には稲増龍夫さんという有名な教授が始めた「自主マスコミ講座」があります。
アナウンサーや業界人を輩出するゼミのような、サークルのようなものだと思ってもらえるとイメージしやすいでしょうか。
お察しの通り、僕は入っていなかったのですが、面識の無い講座の人たちから、度々声をかけられるようになりました。
それぐらいですかね(笑)
次回#3予告
ーー「麿」の愛称で親しまれるなど幅広い支持を得ました、ご自身では人気の要因はなんだと思われていますか?
ありがとうございます。それはそうですね…。〇〇だからじゃないでしょうか(笑)
\ 編集部PickUp /
今回インタビューした登坂淳一さんが主演するオリジナルドラマ「スパイめし〜異国グルメ潜入記〜」は、以下の日程で新作が放送されます。
#3【西川口 安老爺編】
2023年11 月 18 日(土)23:30~
#4【鶴見 ユリショップ編】
2023年11 月 25 日(土)23:00~
#5【横須賀 ナウリンズ編】
2023年12 月 2 日(土)23:10~
#6【高田馬場 タウンジーカフェ編】
2023年12 月 9 日(土)23:30~
詳しくはチャンネルNECO「スパイめし〜異国グルメ潜入記〜」特設ページ*をご覧ください。
*外部サイトへ移動します
*過去シリーズはこちら
[文:吉中智哉]
[撮影:梨本和成 / デザイン:舩越英資 ]