#5「アントレプレナーシップ」って何?バブソン大学起業学の山川恭弘さんが教える起業環境としての日本の強み

「アントレプレナーシップ」って何? そう思ったことはありませんか?

この言葉は、今やビジネスシーンで頻繁に耳にするようになりました。でも、具体的に何を指すのか、いまいちピンと来ていない方も多いのではないでしょうか。

「アントレプレナーシップ」という言葉が、まだ一般的ではなかった時代から、起業家育成の最前線で活躍してきた山川恭弘氏。アイスホッケー選手から一転、エネルギー業界、そして起業教育へと、そのキャリアは多岐にわたります。

第5回では、山川さんが自身の経験と深い知識をもとに、「アントレプレナーシップ」の真の意味をわかりやすく解説。そしてなぜ起業家教育の道を歩み始めたのか、その原動力となった出来事や人物、そして起業家育成に対する熱い想いを語ります!

【山川恭弘さん】

慶應義塾大学法学部を卒業後、カリフォルニア州クレアモントにあるピーター・ドラッカー経営大学院にて経営学修士(MBA)を取得。その後、テキサス州立大学ダラス校にて国際経営学博士号(Ph.D.)を取得。2009年度よりバブソン大学准教授を務める。

専門はアントレプレナーシップで、学部生、MBA、エグゼクティブを対象とした講義を担当。日本国内の複数大学で教鞭を執る他、経済産業省J-Startup推薦委員、文部科学省起業教育有識者委員会のメンバーとしても活躍している。

日本の起業環境

ーー起業環境として日本の強みはなんだと思いますか?

日本の起業環境は、今まさに絶好のタイミングを迎えていると感じます。

10年前から「アントレプレナーシップ」という考え方を広める努力を重ね、種を植えてきた結果、現在は政府や各省庁(経済産業省、文部科学省など)、地方自治体が起業家教育や新事業創出を手厚くサポートしています。

過去には、文部科学省が起業家教育に注力することは少なく、予算も限られていました。しかし、現在ではその状況が劇的に変わり、100億〜1000億円規模の資金が起業家支援に投じられるようになり、数多くの新たなプロジェクトが展開されています。

たとえば、経済産業省の「J-Startup」プログラムは、日本のスタートアップを世界市場に進出させるための支援策です。また、ユニコーン企業を増やすために、内閣府や関連省庁が一体となって、人材・資金・物資を投入する体制が整っています。国全体が一丸となって起業家を支援する政策を推進するこのような状況は、過去にはなかったものです。

そのため、これから新しいことに挑戦する人にとって、今はまさに理想的なチャンスです。現在の日本は、起業家精神を育てるための環境が非常に充実しています。

J-Startup公式サイト(https://www.j-startup.go.jp)より

明るく変わった起業家のイメージ

私が大学を卒業した頃には、アントレプレナーという言葉はほとんど認知されていませんでした。

起業家はアウトローや一匹狼、あるいは大企業に馴染めない人が仕方なく起業する、というようなイメージが強かったのです。起業することは、ある意味で少数派の選択肢と見なされていました。

しかし、時代は変わりました。現在では、成績優秀な学生でも「自分で事業を起こしたい」という目標を掲げることが、就職希望の一つとして一般的に認知されるようになっています。かつては安定を求めて大企業への就職を目指す人が多かったものの、現在は起業が一つの魅力的な選択肢として評価されています。

もちろん、大企業も環境に適応しながら進化を続けているところが多く存在しますが、同時に「大企業への就職こそが最大のリスク」と考える人も増えています。自分で新しい価値を生み出し、会社に属さずに活躍したいと考える事業家が目立ってきています。

また、今では起業家も、かつてのアウトロー的なイメージとは異なり、優秀でエリートな若者が次々と新しい事業を生み出す時代になりました。「彼ら彼女たちがこんなプロジェクトを立ち上げたのか!」と感心されるような、精鋭のアントレプレナーたちが活躍しています。

これは非常に重要な現象です。起業家のイメージが明るくなったり暗くなったりを繰り返す中で、現代ではポジティブな姿勢で起業家精神を捉え、起業という職業に対する明るい印象を定着させることが大切だと感じています。

会社の存在意義 大事なのは質の良さ

「アントレプレナーシップ」とは、単に起業することを指すだけではなく、より良い社会を実現するために行動することを含む概念です。ただし、それは必ずしも善意だけを意味するわけではありません。

たとえば、テロリストが新たな組織を結成し、人を集めて活動する行為も、ある種の「アントレプレナーシップ」と考えることができます。彼らも新しいことを計画し、実行しているからです。だからこそ、単に起業家の数を増やすことだけを目指すのではなく、質の高い起業家を育てることが不可欠です。

起業家の本来の定義は、社会の問題や課題を解決することです。その視点に立てば、質の高い起業家は社会に貢献し、世界をより良くする存在です。彼らは誰かの課題を解決することで価値を提供し、世の中にポジティブな影響をもたらしています。

ですから、起業家的な思考と行動を持つ人が増えることで、世界は確実により良い場所になっていくはずです。実際、世界の問題や課題を真剣に解決しようとする人は少ないかもしれません。でも、起業家は絶対にそう思って行動し続けているのです。

何のための会社は存在するのか

会社とは、誰かの問題や課題を解決することで利益を生み出し、持続可能な存在となっています。私たちは会社の存在を当たり前に感じがちですが、実際には日々の業務が誰かを助け、誰かの課題を解決しているからこそ経済的価値が生まれ、会社は存続しています。

どの企業もその出発点は課題解決であり、今後もその使命を持ち続けていかなければなりません。課題解決を目的とする起業家が増えていけば、結果として社会は平和に向かっていくでしょう。

「パーパス経営」という言葉が経営者の間で流行しているのは、とても良いことです。この言葉は、企業の存在意義を再確認する大切さを示しているからです。普段の生活では、「なぜこの会社が存在するのか」を意識することは少ないかもしれませんが、企業が存在するのは利益を追求するだけではなく、明確な目的があるからです。

利益は会社の目的ではなく、社会に貢献するという目的を果たすための手段にすぎません。それでも、人々はつい利益を最優先してしまいがちです。そこで「パーパス経営」という考え方は、経営者にとっても「会社が存在する理由」を意識する良いきっかけとなり、広まったことは意義深いと言えるでしょう。

バブソン大学山川恭弘のファーストキャリア

ーー山川さんの大学卒業後のキャリアの変遷について教えてください。

大学を卒業した当初、私はまだアイスホッケーへの未練が残っていました。カナダで続けてきたアイスホッケーに対して「やり切った」と感じられず、プロ選手や社会人リーグという道にも進むことができませんでした。

その後、一時はアイスホッケーのトレーナーになることも考えました。海外経験があり、英語が得意だったので、海外でトレーナー資格を取得し、日本のアイスホッケーの発展に貢献したいという夢を抱いたのです。

しかし、最終的には就職の道を選びました。「世界を舞台に活躍したい」「時代を超えて必要とされる分野に携わりたい」との思いから、エネルギー業界に身を投じることにしました。

数年のうちに新規事業に携わるチャンスが訪れます。当時、エネルギー業界は規制緩和の波が押し寄せており、「電力を売るだけでは生き残れない」という認識が広まり、新しい事業が求められるようになっていました。

社長直下の新規事業部の担当としてはおそらく最年少だったように思います。間違いなくチャンスでした。

アイスホッケーかビジネスか

その頃、まだアイスホッケーを続けていて、ちょうど冬季国体の県代表キャプテンとしてアイスホッケー人生の集大成を迎えようとしていました。

人生の岐路に立たされ、ビジネスとアイスホッケーのどちらを選ぶか、究極の選択を迫られました。

最終的に、仕事に専念するために東京に戻ることを決意しました。間違いなく監督やチームメイトに迷惑をかけました。しかし、ビジネスの道に完全に舵を切ることができたのです。

ちなみにアイスホッケーというスポーツと、仲間たちへの感謝の気持ちは募るばかりで、その想いは、後に横浜グリッツという関東初のプロアイスホッケーチームを創設し(社外取締役)アジアリーグに参戦することにつながっています。

横浜GRITS公式サイト(https://grits-sport.com/)より

新規事業開拓の難しさを痛感

その後は、朝から晩まで、土日も休む暇もなく働き続けました。新規事業の楽しさと苦労を味わう中で、大企業で新たな事業を推進する難しさを痛感しました。

特に私は、日本の文化と海外の文化の両方を理解していたので、日本での新規事業の困難さが際立って感じられました。それでも、諦めるわけにはいかず、常に工夫を重ねながら前に進んでいきました。

その過程で、一度会社の外に出てみたいという思いが芽生えました。海外で企業内起業やコーポレートベンチャーがどのように展開されているのか、学術的に深く理解したいという欲求が高まったからです。

ゼロ年代のITバブルと起業教育家No.1

1990年代、渋谷は「ビットバレー*」と呼ばれ、数多くの起業家が集まる熱気あふれるエリアとなっていました。

その影響は私にも及び、同じ世代の中にはすでに起業して成功を収めている人もいて、彼らの存在が私にとって大きな刺激となりました。自然と起業家への憧れが芽生えたのです。

*編集注

ビットバレー:1990年代に渋谷に集中したIT系ベンチャー企業のコミュニティを指す。「渋谷=渋い谷=bitter valley」と、米国のIT企業の集積地「シリコンバレー」を掛け合わせた造語。

私自身はそれまで、海外での価値観の影響もあり、競争心があまり強くない人間でした。ライフを重視するワークライフバランスの考え方が中心にあり、仕事で誰かと競うことにあまり興味がなかったのです。

しかし、起業家たちの活躍に触れることで「何かで一番になりたい」という思いが徐々に芽生えました。

とはいえ、当時はすでに多くの輝かしい起業家が存在し、彼らに比べて自分がその分野で一番になれるとは思えませんでした。そこで私は、「起業教育家の一番になろう」と心に決めたのです。

起業教育家への道が開ける

幸運なことに、当時の日本では「アントレプレナーシップ」に関する知識や教育はほとんど普及していませんでした。

本屋を訪れても、このテーマについて書かれた本は見つからず、「これから日本で起業教育は発展するに違いない」と確信しました。私にとって大きなチャンスだと考えました。

この思いをきっかけに、アメリカで再び学び直し資格を取得したいという気持ちが強まりました。具体的にはMBAやPh.D.の取得です。

起業教育の分野ではバブソン大学が一流とされていたため、「バブソンで働くこと」が私の新たな目標となったのです。

人生を変える人との出会い

その目標に向かって走り続けて、気がつけばもう15年が経ちました。この15年間で、多くの人との出会いがあり、その一人ひとりが私の人生に大きな影響を与えてくれました。

振り返ると、出会った人々の顔が走馬灯のように浮かんできて、「やはり人こそが最も大切なのだ」と強く実感します。

この記事を読んでいる皆さんにも、ぜひ人を大切にしてほしいと思います。

それは、必ずしも自分にとって心地よい人だけを指すわけではありません。むしろ、そうでない人からも大きな学びが得られるものです。私自身も、人生のキーパーソンとなる人との出会いを大切にし続けています。

次回は、私の人生を変えた竹内弘高先生との話に触れたいと思います。

[ 文:川上友香梨、舩越英資 / 編集:吉中智哉]

[写真:梨本和成 / デザイン:舩越英資]

\ 編集部PickUp /

今回取材した山川恭弘さんの単著『バブソン大学で教えている 世界一のアントレプレナーシップ』が、2024年5月に発売されました。

本書は、世界トップクラスの起業家教育で名高いバブソン大学での豊富な経験をもとに、アントレプレナーシップの本質と、それを実現するための具体的な方法を丁寧に解説しています。「起業」という枠を超えて、自分自身の可能性を引き出し、未来を切り拓くためのヒントが満載なため、大学生だけではなく新卒社会人の方々にも特にオススメです。

アントレプレナーシップは、起業家だけのものではありません。どのような仕事やキャリアにも活かせる普遍的なスキルです。本書では、「失敗を恐れず挑戦するマインドセット」や「アイデアを形にするプロセス」が、実際の事例を交えながらわかりやすく解説されています。それ以上に、「もう一歩前へ」という熱いメッセージが、何度も何度も繰り返し登場します!

失敗に対するマインドが変わるだけではなく、夜に読むと眠れなくなるぐらい行動したくなります。大学生活は、新しい挑戦に最適な時期。本書は、その一歩を後押ししてくれる心強いガイドとなります。「自分の未来を自分で作りたい」「挑戦したいけれど一歩が踏み出せない」という方に、ぜひオススメしたい一冊です!

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