声を上げられない痛み。「痴漢」から身を守る、あるバッジの物語
「痴漢」と聞くと、どんなイメージが浮かびますか? 満員電車、犯罪、過去の出来事…。嫌な記憶がよみがえる人もいるかもしれません。
理不尽な被害に遭わないための方法を、この記事でお伝えします。
目次
私自身の体験から
高校3年生のとき、私は痴漢の被害に遭いました。警察に相談しましたが、犯人が捕まることはありませんでした。恐怖と悔しさを抱えたまま、インターネットで情報を探す中で「痴漢抑止バッジ」の存在を知りました。
それを身に着けるようになってからは、一度も被害に遭っていません。感謝の気持ちを伝えたいと思い、バッジを考案・普及させた松永弥生さんに取材を申し込みました。初めてお会いしたのは、2023年の夏のことです。
松永弥生(まつなが・やよい)
「痴漢抑止バッジ」考案者の母の幼馴染として、2015年にこのアイデアを缶バッジとして普及させることを提案。
クラウドファンディングとクラウドソーシングを活用して活動資金とデザインを募集したところ、多くの共感を呼び、各種メディアにも注目された。
プロジェクトの継続と発展のため、一般社団法人「痴漢抑止活動センター」を設立。警察庁・文部科学省・国土交通省の後援を受け、毎年夏に「痴漢抑止バッジデザインコンテスト」を開催し、バッジの普及と啓発活動に尽力している。
痴漢抑止バッジ誕生の背景
痴漢抑止バッジは、「痴漢を許さない」という意志を、加害者に対して明確に示すためのツールです。現在は公式サイトから無料で1人1個受け取ることができます。

被害者の声から生まれたバッジ
バッジの原型を考案したのは、日常的に痴漢被害に苦しんでいた当時高校生の「たか子さん」でした。彼女と母親が一緒に考えた対策が、この痴漢抑止バッジの始まりです。
母親がSNSに投稿した手作りバッジの写真を見て、松永さんは「このバッジを社会に広めたい」と考え、プロジェクトが始動しました。
「自作バッジをつけて登校していたたか子さんは、大人をまったく信用していませんでした」と松永さんは振り返ります。「でも私は思ったんです。この子をひとりにしちゃいけない、一緒に戦おうって。」

被害者の勇気が形に
バッジを考案したのは、当時高校生だったたか子さんでした。彼女は日常的に痴漢の被害に遭っており、お母さんと一緒に対策を考えた結果、生まれたのが痴漢抑止バッジの原型です。
お母さんがSNSに手作りのバッジの写真を投稿し、それを見た松永さんが「このバッジを実用化したい」と提案し、プロジェクトが始動しました。
たか子さんのお母さんとは幼馴染だったこともあり、松永さんは当時の様子をよく知っています。
「自作のバッジをつけて登校していたたか子さんは、大人をまったく信用していませんでした。『自分で生きていけるのに、大げさなことをするな』と言われたこともありました。でもそのとき、“この子をひとりにしちゃいけない、ひとりで戦わせてはいけない”と思ったんです。」
共に戦う人たちの声
松永さんから、たか子さん自身が書いた手記を見せてもらいました。整然とした字で綴られた文章から、彼女の苦しみや葛藤が伝わってきます。また、彼女のお母さんがメディア向けに書いた手紙も保管されており、娘を守る強い決意が感じられました。
さらに、実際にバッジを使っている人たちから届いたハガキが積み重ねられています。その中には、幼い字で書かれたものもありました。
「被害に遭わなくなった」「犯人を許さない」「悔しい」
こうした声とともに、「もう二度と誰にもこんな思いをしてほしくない」という願いも書かれていました。
壁には、たか子さんが考案した最初のバッジのレプリカが飾られています。当時のデザインは大きく目立つため、嫌がらせを受けることもあったそうです。現在の製品版は小さく可愛らしいデザインになり、よりつけやすく改良されています。
デザインコンテストとその意義
ーーバッジデザインコンテストを企画された経緯を教えてください。
学生を対象としたバッジデザインコンテストは、2025年で11回目を迎えます。
これまでの参加校は延べ1245校、応募総点数は7735点、審査員参加者は8901人に上ります。なんと10年間で16636人がコンテストに関わっているんです。
実際に被害に遭ったことのない人や男性も参加しており、“痴漢問題は自分にも関係がある”と共通認識として広げるきっかけになっています。
また子どもがコンテストに関わることで、その親世代、つまり大人たちも関心を持つようになるんです。このコンテストを通じて、性犯罪の実態を知る人が増えることを願っています。
デザインの影響力
ーー参加資格を学生に限定している理由はなんですか?
未来の犯罪を防ぐためです。
痴漢の現状を知っている子どもが、大人になって加害者になるとは考えにくいです。むしろ、被害に遭っている子どもを守る側になります。
また、このコンテストに参加するのは、将来デザイナーを志す学生たちです。彼らが社会で影響力を持つ立場になったとき、凝り固まった価値観やジェンダー差別を指摘し、変えていけるはずです。
もっと早く勇気を出して行動していれば、これ以上被害者を生まずに済んだかもしれない。そう後悔しています。だからこそ、たか子さんの子供の世代には、この犯罪をなくしていたいんです。

防ぐという意識の大切さ
ーー痴漢がなくならないのはなぜですか?
痴漢犯罪が実際に検挙に繋がるケースはほんの一部です。見知らぬ人にいきなり触られたら、声を上げるのは簡単ではありません。
恐怖で声を上げられない子どもに「勇気を出せ」と言うのは酷です。
警視庁のアプリ「デジポリス」には「痴漢をやめてください」と音声が流れる機能がありますが、これを含め、すべてが被害に遭うことを前提としています。
しかし、重要なのは事前に防ぐことです。。性被害に遭ってからではなく、遭わないための対策を考える必要があります。
110番映像通報システム
実用的な対策として、2023年の4月から「110番映像通報システム」が導入されました。110番にその場で撮影した写真を送信できるようになります。
後ろ姿だけでも犯人にたどり着く可能性があるため、このシステムの認知度をもっと高めていきたいと考えています。写真や動画を撮ったらSNSに投稿するのではなく、警察へ提供してください。
また、防犯ブザーも有効なツールの一つです。現在は目立たず、大人でも持ちやすいデザインのものが増えています。
正しい使い方としては、
- 変質者に遭遇したら、まず一つ目のブザーを相手の方へ地面を滑らせるようにして投げる。
- 相手がそちらに注意を向けている間に、もう一つのブザーを鳴らしながら逃げる。
このように、防犯ブザーは二つ持つのが得策です。
東京都の痴漢撲滅プロジェクト
2023年の1月、東京都が痴漢撲滅に5000万円の予算をつけたんです。4月からは痴漢の実態調査を始めました。

痴漢は、「ちょっと体触られただけでしょ」と軽いニュアンスで捉えられることが多々ありました。長らく野放しにされていましたが、最近ようやくその認識が変わり始めた気がします。
福岡県の商業施設で痴漢があった際、犯人が全国指名手配され、同年11月に逮捕されました。このように痴漢が性犯罪として重く受け止められたことが心強いです。
今すぐできる痴漢から身を守る方法
ーー有効な痴漢対策はありますか?
ロンドンでは、警察が痴漢の注意喚起動画を公開しました。そのメッセージは「どの段階であっても、被害に遭ったらすぐに通報してほしい」というものです。この動画がきっかけで、イギリスでは実際に被害が減少しました。
日本では特に、今通報してもいいのか、ここでブザーを鳴らして迷惑にならないか、と考えてためらってしまうことがあると思います。まずはその考え方を変えましょう。
日本警察の動画には改善の余地がある部分もありますが、その中で特に効果的だと思ったのが、後ろから触られたら、その場でしゃがむ対策です。体の向きを変えるよりも抵抗が少なく、周囲の人に異変を気づいてもらいやすいのが利点です。
バッジを付けている人に対して「触る方も人を選ぶよな」と心無い言葉をかける人もいます。しかし実際に痴漢の加害者は「騒ぎそうな人」ではなく「おとなしそうな人」を狙う傾向があります。
被害者と加害者は支配関係にあります。自分よりも弱い存在にストレスをぶつけているのです。つまり、バッジの効果は絶大で、「痴漢に遭いたくない」という意思を示すことで被害を防ぐことができます。
痴漢対策は、自分を守る「鍵」です。家に鍵をかけるのは、不審者に侵入されたくないから。それと同じように、自分自身を守る手段を講じることが大切です。
痴漢は性暴力である
ーー社会を変えるためには何が必要ですか?
性暴力は人権問題であり、社会全体で取り組むべき課題です。
刑法改正により、痴漢は不同意わいせつ罪となりました。罪は重くなりましたが、まず必要なのは「痴漢は性暴力である」と全員が認識することです。
時間がかかるかもしれませんが、社会を変えるというのはそういうものです。痴漢抑止センターがなくなることがハッピーエンドですね。
性とジェンダーへの視点
ーー今の日本の風潮に疑問を感じることはありますか?
ある外国人男性がSNSで「日本の女性は変態だ」と投稿しているのを見つけたとき、強い衝撃を受けました。おそらく、彼はアダルトビデオの暴力的な描写を見て、そう思ったのでしょう。しかし、変態なのは女性ではなく、こうした創作をする男性側ではないでしょうか?
ネット上には、幼い子供を性的に扱うコンテンツが多数存在しています。二次元の世界であっても、こうした視点を持つこと自体が問題です。また、アクションゲームなどでは、男性キャラクターは盾や剣を持ち重装備なのに対し、女性キャラクターは露出が多い衣装を着ていることが目立ちます。こうしたジェンダーの刷り込みも、社会問題の一因となっているのではないでしょうか。
日本の現代社会において、普通に生活しているだけで性知識はゆがみます。料理やゲームなどそういった類に関係ないサイトにもアダルティな広告が出てきますよね。性コンテンツに溢れています。それを見た子供は、「これは悪いことだ」と思えない。フィクションと現実の区別がつかなくなっていきます。
SNSは性加害者の低年齢化を加速させています。幼少期から”他人のプライベートゾーンは触らない、触らせない”という常識を教えるべきですよね。こうした性教育、人権教育が加害者を生まないことに繋がります。
日本の教育と「丁寧な被害者」
Q. なぜ被害者が弱い立場になってしまうのでしょうか?
日本では、特に女性が「目上の人には敬語で話す」「乱暴な言葉を使わない」と教育されています。
ある日本人女性が痴漢に遭った際、とっさに出た言葉は英語でした。日本語では、加害者に対して「やめろ」「触るな」と強く言う言葉が思いつかなかったそうです。
被害者が加害者に「やめてください」と丁寧にお願いするのは、おかしな話ではないでしょうか?
敬語を使うことで、私とこの人は他人ですという周りへのアピールになる場合もありますが、それにしても嫌ですよね。こうした無意識の刷り込みが、私たちに影響を及ぼしているのです。
ひとりじゃない。社会が守る
「痴漢抑止活動センターのおかげで、私は前を向いて生きていけるようになりました」と伝えたとき、松永さんは涙を流し、「それを聞けて、本当に救われました」と語ってくれました。
私も思わず涙がこぼれました。
性暴力のない社会を目指して、私たち一人ひとりが声を上げ、支え合うことが必要です。
まずは、「痴漢は性暴力である」と認識することから始めましょう。
一人で悩み、怖い思いをする人がいなくなる日を願いながら、今日も私は強く生きていきます。
【文:A Y】
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